公正証書遺言が認知症を理由に無効とされた裁判例

遺言をする能力のことを遺言能力といいます(民法963条参照)。
遺言能力とは、要するに、自分が残す遺言の意味が分かっているかどうかということです。
遺言が亡くなる直前に作成されたようなケースでは、この遺言能力がなかったのではないかと争われることがあります。
このような争いになることをさけるために、公正証書で遺言を残しておくという方法がありますが、公正証書遺言でも無効とされるケースが少数ながらあります。
今回は、そのような事例として東京高等裁判所平成29年8月31日判決をご紹介します。

1 事案の概要

被相続人A、相続人は子供4人(長女、二女、長男、二男)
2005年4月    Aさんアルツハイマー型認知症と診断
2011年4月22日 二女を任意後見人とする公正証書作成
2011年5月    かかりつけ医がAさんについて後見相当(財産管理能力を欠く状態)と診断
2011年6月13日 Aさん公正証書遺言を作成
内容は、長女、二女に遺産の大部分を相続させるというもの
2011年8月8日  長男が、Aさんついて後見開始の審判を申し立て
2012年1月17日 Aさんについて後見開始の審判
2014年2月21日 Aさん死亡

このような状況で、長男と二男が、長女と二女、行政書士を被告として遺言無効確認訴訟を提起しました。

2 裁判所の判断

東京高裁は、結論として公正証書遺言を無効としました。

裁判所が無効と判断した理由として以下のようなことを挙げています。

① 2005年4月にアルツハイマー型認知症と診断され2011年4月1日に受けたCT検査でもこれと矛盾しないこと。
アルツハイマー型認知症は持続的に認知機能が低下し、かつ、不可逆的であること。
2010年以降はトイレの場所が分からなくなる、シャツをきちんといられなくなる、夜中に起きて片付けを始めるといった行動が見られ、2011年に火傷を負って入院してからは各種の不穏な言動もあらわれていたこと。
などから、アルツハイマー型認知症は相当重症化していたといえる。
かかりつけ医も自己の財産を管理・処分することができないと判断している。

② 公正証書遺言が作成された当日の状態も、2か月前に任意後見契約の公正証書を作成したことを忘れており、公証人と会った事があることも忘れていたことから、①の状態と変わらない状態であったとえいる。

③ 本件遺言の内容相当複雑なものである。

これらのことを総合考慮して、公正証書遺言作成時、Aさんに遺言能力はなく遺言は無効としました。

なお、公証人がAに遺言能力があると判断したことについて、「証人T公証人は、Aの遺言能力に問題はなかった旨供述するが、その根拠とするところは、証人T公証人が認識したAの目、態度、話しぶり等にあり、Aがその場にいる相手に迎合的な言動を取っているにすぎない可能性を排除できるものではない上、証人T公証人は、Aが受験したHDS-Rの結果等を知らなかっただけでなく、被控訴人Y3(行政書士)から事前に、Aの遺言能力や後述能力に問題はないと告げられており・・・Aの遺言能力の有無に対する問題意識そのものを有していなかったのであるから、上記供述をAの遺言能力があるとの根拠とすることはできない」としています。

3 コメント

一般の方からすれば、認知症であれば、当然に遺言は無効だろうと思われるかも知れませんが、認知症というのは、昔まだらボケと言われていた症状があるように、一時的に判断力があるときもあります。

民法も、このような場合を想定して、成年後見開始後でも一定の要件を満たす場合には遺言ができるとしています(民法973条)。

ですから、具体的な状況に応じて個別に判断せざるを得ません。

その際に考慮されるのが次のような点です。
・遺言者の年齢
・病状を含めた心身の状況及び健康状態とその推移
・発病時と遺言時との時期的関係
・遺言時及びその前後の言動
・日頃の遺言についての意向
・受遺者との関係
・遺言内容

なお、こういったことに着目し、総合評価で判断するため、最終的には裁判官の価値観が大きく影響すると思われます。
実際、今回ご紹介した裁判例は東京高裁の裁判例ですが、原審である東京地裁では遺言が有効とされています。
もっとも、私としては、判決を読む限りは、高裁の判断の方が自然な認定だと思います。

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