民法915条1項は、「相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、相続について・・・放棄をしなければならない。」と定めています。
では、「祖父→父→本人」という相続があり、祖父に多額の借金があったため相続放棄をしたい場合、3か月の相続放棄期限のスタートは、「父→本人」の相続の開始があったことを知った時でしょうか?
それとも「祖父→父→本人」とい2段階の相続(再転相続)により、祖父の借金を相続すると知った時でしょうか?
この点について判断したのが、最高裁判所令和元年8月9日判決です。
結論としては、「祖父→父→本人」の相続によって、本人が祖父の借金を相続することを知ったときから、相続放棄の期限がスタートするとしています。
なお、父が祖父を相続することが確定した後に亡くなった場合には、祖父の借金は、既に父が相続して父の相続財産となっているため、祖父の相続について放棄するということはできません。
上記最高裁判決は、連帯保証債務であったり、債権譲渡がされていたり、相続人が多数いたり、執行異議事件であったりと複雑なので、ポイントのみ、もう少し詳しく説明します。
当事者の表記は、判例に合わせます。
【事案の概要】
会社の8000万円の借り入れについて、連帯保証人となっていたBについて、銀行からBに対する裁判があり、Bに支払えという判決がなされた。
その後、Bが亡くなるが、Bの子らは相続放棄し、民法の規定により兄弟であるFがBの相続人となった。
ただし、Fは、自身がBの相続人となっていることを知らなかったため、相続放棄手続きをすることなく亡くなった。
その後、Fが亡くなり、Fの子である被上告人がFを相続した。
銀行は、Bに対する債権を債権回収会社に譲渡したため、債権回収会社が被上告人の財産を差し押さえようとした(強制執行)。
被上告人は、裁判所から、強制執行の通知(執行文)が届いたため、自身がBの債務を、「B→F→被上告人」というながれで相続することを知り、相続放棄手続きをし、強制執行手続きについて異議申立てをした。
【判決】
少し長いですが、判決をそのまま引用します。
(1) 相続の承認又は放棄の制度は,相続人に対し,被相続人の権利義務の承継を強制するのではなく,被相続人から相続財産を承継するか否かについて選択する機会を与えるものである。
熟慮期間は,相続人が相続について承認又は放棄のいずれかを選択するに当たり,被相続人から相続すべき相続財産につき,積極及び消極の財産の有無,その状況等を調査し,熟慮するための期間である。そして,相続人は,自己が被相続人の相続人となったことを知らなければ,当該被相続人からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択することはできないのであるから,民法915条1項本文が熟慮期間の起算点として定める「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは,原則として,相続人が相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が相続人となった事実を知った時をいうものと解される(最高裁昭和57年(オ)第82号同59年4月27日第二小法廷判決・民集38巻6号698頁参照)。
(2) 民法916条の趣旨は,乙が甲からの相続について承認又は放棄をしないで死亡したときには,乙から甲の相続人としての地位を承継した丙において,甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択することになるという点に鑑みて,丙の認識に基づき,甲からの相続に係る丙の熟慮期間の起算点を定めることによって,丙に対し,甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択する機会を保障することにあるというべきである。
再転相続人である丙は,自己のために乙からの相続が開始したことを知ったからといって,当然に乙が甲の相続人であったことを知り得るわけではない。また,丙は,乙からの相続により,甲からの相続について承認又は放棄を選択し得る乙の地位を承継してはいるものの,丙自身において,乙が甲の相続人であったことを知らなければ,甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択することはできない。丙が,乙から甲の相続人としての地位を承継したことを知らないにもかかわらず,丙のために乙からの相続が開始したことを知ったことをもって,甲からの相続に係る熟慮期間が起算されるとすることは,丙に対し,甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択する機会を保障する民法916条の趣旨に反する。
以上によれば,民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは,相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が,当該死亡した者からの相続により,当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を,自己が承継した事実を知った時をいうものと解すべきである。