交通事故における損害賠償請求は、次の計算式で計算します。
逸失利益=基礎収入額×(1-生活費控除率)×就労可能年数に対応するライプニッツ係数
この計算式にある、基礎収入額とは、交通事故にあわなければ得られるであろう収入をいいます。
そして、どれくらいの収入が得られたかは、原則として現在の収入から推測することになりますが、具体的な事情により修正されることがあります。
では、以下で職業や年齢に応じた基礎収入額の認定方法について説明します。
【目 次】
1 賃金センサスについて
2 会社員の基礎収入額
3 自営業者の基礎収入額
4 会社役員の基礎収入
5 主婦(主夫)の基礎収入
6 学生や乳幼児のの基礎収入
7 高齢者・年金受給者の基礎収入
8 失業中の方の基礎収入
1 賃金センサスについて
まず初めに、 以下で何度も登場する「賃金センサス」について説明します。
賃金センサスとは、厚生労働省が行っている賃金構造基本統計調査の通称です。
要するに平均収入をいろいろな条件ごとにまとめましたというものです。
詳細は、こちらの厚生労働省の統計情報から見ることができますが、詳細すぎてどこを見て良いか分からないと思います。
そこで、全学歴平均を以下のとおり載せておきます。
男女計 男性 女性
全年齢 479万6800円 536万0400円
364万1200円
~19歳
235万1100円
244万0400円
218万9400円
20~24歳 301万4300円 318万6200円 282万0400円
25~29歳 376万1400円 398万8900円 341万9300円
30~34歳 430万2800円 463万4300円 364万3400円
35~39歳 483万4000円 527万6100円 381万9700円
40~44歳 530万1200円 586万5800円 396万3000円
45~49歳 579万3000円 657万0000円 407万7700円
50~54歳
597万4500円
685万6800円 399万1400円
55~59歳 569万2900円
646万9000円
384万1000円
60~64歳 391万8800円 421万2300円 310万8500円
65~69歳 350万2000円 371万3400円 291万3000円
70歳~ 343万1900円 352万6600円 319万1900円
2 会社員の基礎収入額
会社員の基礎収入額は、原則として直近の年収(総支給額)とされます。
ただし、30歳未満の方が亡くなった場合で、収入が「賃金センサス」の全年齢平均より少ない場合は、「賃金センサス」が基準とされる場合も多くあります。
なぜなら、今後昇給し、平均年収くらいまで上がる可能性が高いにもかかわらず、現在の低い年収で損害を算定するのが不公平だからです。
なお、原則的は上記のとおりですが、必ずしも上記の金額となるわけではありません。
たとえば、将来は、現在の収入より高額の収入が得られる可能性が極めて高いといえる場合には、基礎収入額が直近の収入や賃金センサスの全学歴平均より高く算定されることがあります。
具体的には、昇給が確実であった場合に、昇給した同僚の給料を基準として認めたものや、研修医について、医師の平均賃金を基準とした裁判例があります。
3 自営業者の基礎収入額
自営業の方の基礎収入額は、原則として直近の確定申告の金額とされます。
ただし、直近の申告金額が、「賃金センサス」の全年齢平均より低い場合で、今後、平均程度の収入が得られる可能性が極めて高いといえる場合には、「賃金センサス」が基準とされます。
自営業の方でよく争われる2つの問題があります。
⑴ 1つは、経費を高く申告したため、確定申告の収入が実際より低いという主張です。
このような主張がされた場合でも、原則通り確定申告の金額を基礎収入額とする裁判例の方が多数派です。
なぜなら、税金を支払うときは、申告収入を低くして税金の支払いを免れて起きながら、交通事故においては収入を高いと主張し、高額の損害賠償を得ようとすることは許さないという発想があるからです。
もっとも、少数ながら、実際の収入が証明できた場合には、実際の収入とする裁判例もあるため、一応は上記のような主張をしても良いでしょう。
⑵ 2つ目は、自営業を家族で営んでいるような場合で、収入を家族全体で考えており、各人の収入は全体の収入を適当に振り分けているに過ぎなかったり、税金対策として労働実態がほとんどない家族に給与が支払われている場合です。
このような場合、被害者の収入が実際の事業に対する貢献度(寄与度)と一致していない場合があります。
この場合は、被害者の方の事業への貢献度を考慮して、基礎収入額が修正されることがあります。
4 会社役員の基礎収入
会社役員の方の基礎収入額については、労働の内容や報酬の金額、会社の業績などから、その役員報酬について、労務提供部分(労働に対する対価部分)と利益配当部分に分け、労務提供部分を基礎収入額とされることが多くあります。
法律の専門家に過ぎない裁判官が、労働の対価としての金額を適切に認定できるのか疑問がありますが、実際の裁判では上記のような認定がなされます。
たとえば、会社の創業者一族などの場合は、実際の労働の対価部分のほかに、利益配当部分があると認定され、役員報酬全額ではなく、一定程度減額した金額を基礎収入額とされることが多くあります。
他方で、いわゆる「雇われ社長」の場合は、役員報酬全額が労務提供部分として基礎収入額とされることが多いです。
5 主婦(主夫)の基礎収入額
主婦(主夫)の方の基礎収入額、基本的には、「賃金センサス」の全年齢の女性労働者の平均額とされます。
平成27年時点ですと、345万9400円が基礎収入となります。
ここで問題となるのは、いわゆる兼業主婦(主夫)の場合です。
この場合、実際の収入が上記賃金センサスの金額より多い場合は、実際の収入が基礎収入とされます。
逆に、実際の収入が上記賃金センサスの金額より少ない場合は、賃金センサスの金額が基礎収入とされます。
収入が少ない場合は、上積みされるため不満がない場合が多いでしょうが、収入が多い方については、仕事に加えて家事・育児を頑張っていたにもかかわらず、上積みがないため不公平にも思いますが、現在の裁判実務は、そのようになっています。
6 学生や乳幼児の基礎収入額
学生や乳幼児の基礎収入は、原則として、全学歴、全年齢平均が基礎収入額とされます。
ここで、男女別の平均を用いるか、男女計の平均を用いるかで金額に大きな違いがあります。
平成27年時点で、男女計の平均賃金は466万7200円、男性のみの平均が523万0200円、女性のみの平均が345万9400円となっているからです。
高校生や大学生の場合、男女別の統計を用いる場合が多いですが、中学生以下の女性の場合、男女計の平均賃金が用いられることが多くあります。
もちろん、全年齢全学歴の平均賃金以上の収入が見込める場合は、それを証明すれば、より多い金額となります。
たとえば、大学生や大学進学予定の高校生の男性の場合は、大学卒業者の平均賃金(平成27年時点で633万2400円)を基礎収入額とする場合が多くあります。
7 高齢者・年金受給者の基礎収入額
高齢者の方で、再就職の意欲があり、能力的にも再就職できるような場合は、就労の可能性が高いという理由で、年齢別の平均賃金が用いられることがあります。
高齢者で、再就職の予定はないけれど、年金を受給していたため収入があるという場合には、原則として年金を基礎収入額とします。
8 失業中の方の基礎収入額
現在失業中の方でも、働く意欲と能力があれば、就労の可能性が高いという理由で、再就職の際に予想される賃金を基礎収入として逸失利益が算定されます。
では、再就職の際に予想される賃金額とはいくらでしょうか?
多くの場合は、失業する前の賃金が基準とされますが、より多くの収入が得られる可能性が高いことを証明できれば、その金額が基礎収入額とされることもあります。
たとえば、税理士資格試験受験のために会計事務所を退職した直後に事故にあった方について、前職の収入より高い男性大卒全年齢平均を基礎収入額とした裁判例があります。